私は天使なんかじゃない
奴隷王アッシャー
この街の支配者、奴隷王アッシャー。
攻め込んで来たレイダーの一団を返り討ちにしてそれを傘下に収め、さらに近隣のレイダーをも支配下にして勢力を拡大。
レイダーを主力とした強大な軍を形成した。
その支配力は盤石。
その統制力は完全。
奴隷達は抑え付けられている。
今、この瞬間までは。
ワーナーの画策が勝つのか、アッシャーの支配力が完全を保つのか、それともまた別の道が示されるのか。
それはまだ闇の中。
それはまだ……。
スチールヤードでの仕事を終えて私はダウンタウンに戻る。
鉄のインゴット集めの為だ。
……。
……まあ、それは口実なんですけどね。
本当はスマイリーのシェルターでダラダラしてるだけ。鉄のインゴットはスマイリーの貯蔵した物を貰って運んでいるだけ。
見返り?
食事を作る事です。
スマイリーは美食家。シーがあの場に居候出来ているのもその為だ。
まあ、彼の人となりもあるんだけどさ。
ともかく。
ともかく私は鉄のインゴット集めを終了させてダウンタウンのミディアの家に戻る。別にここに寝泊りしているわけではないけど今のところ私
の運命のキャスティングボードはあの女が握っている。頻繁に立ち寄る必要はある。
ミディア、あんまり好きにはなれないけどさ。
それにしても……。
「何かあるのかな?」
ダウンタウンの街は騒然としていた。
ザワザワしてる。
まあ、何でもいいですけどね。
「ただいまー」
ミディアの家に入る。
彼女は私を待っていたようだ。勢い込んで話す。……ツバが飛んでくる。汚いなぁ。
「ようやく戻ってきたのね、何してたのっ!」
「……街にいたらよそ者だと目立つから鉄のインゴット集めて来いって言って今朝送り出したのはあんたじゃないの」
「屁理屈言わないのっ!」
「……」
自分勝手な奴。
今に始まった事じゃないけどさ。
そもそも私をここまで拉致ったワーナーの仲間……いや、腹心……いやいや、どっちかと言うとワーナーの熱烈な信奉者かな、ミディアは。
そして協力者。
ワーナーが影で計画を立案、ミディアはそれを同志の奴隷達を使って画策するって感じかな。
まあ、どっちにしろあまり好きな人間ではないわね。
もちろん好きになる必要なんてないけど。
「それで? 何か用?」
「グッドタイミングなのよ。アッシャーが広場に皆を呼んでるの。どうやらアリーナを開放するみたい」
「アリーナ?」
何じゃそりゃ。
新しい単語だ。ドラクエのおてんば姫の名前かな?
「アッシャーは気が向くとアリーナを開放して奴隷とグラディエーターを戦わせてるの。勝てば自由になれるわ。しかもアッシャーとの謁見を許され
るの。奴隷が直接アッシャーと話すチャンスはこの時だけよ」
「ふぅん」
「だから戦いに勝って。アッシャーに謁見する時に治療法を奪うのよっ!」
「はっ?」
「何か問題があるの?」
「アッシャーは殺さないの?」
殺した方が早いと思うけど。
殺せば全てが手に入る……いや、そうでもないか。全ての体制が整わないうちに殺せば混乱の拍車がかかるのは必至。
確かに殺して終わる話じゃないか。
「殺しはしないわ。この間ワーナーが雇ったジェリコって傭兵が伝言を持ってきたの。陽動作戦を用意してあるの」
「ふぅん」
陽動作戦ねぇ。
どうせ聞いても教えてくれないのだろう。無駄だから聞くのはやめるとしよう。
何故教えてくれないのか。
簡単ね。
私は同志ではない、だから腹の内を教える必要が連中にはないのだ。
あくまで私は駒。
盤上の駒。
扱うのはワーナー達であって私は自由に動けない、動いてはならない。少なくとも連中の思考では、そうなのだろう。
そこが気に食わない。
私の性格を知らないらしい。正直に腹の内を言ってくれたのであれば……手を貸してもいいとは思ってるけど……こいつはそもそも最初を誤ってる。
最初の一手をね。
いつかそれが仇となって返らない事を祈ってるわ、ミディア☆
……。
……まあ、今は踊ってやるけどさ。
帰り手段が整うまではしばらくは付き合ってやるとしよう。
最後まで付き合うかはまだ不明。
さて。
「アリーナね。まずは勝ち残るのは最低限でしょうね。それで? その後は?」
「謁見の時には治療法が奪えるぐらいアッシャーに近付けると思う。奪ったら私のところに持ってきて」
「治療薬の形状は? 液体? 錠剤? 粉末? それともただの資料?」
「それはこちらで手配するわ」
「はっ?」
奪ってきて発言と矛盾する。こちらで手配する?
何か企んでるな、こいつ。
「さあ、外に行きましょう。アッシャーのスピーチが始まるわ」
「はいはい」
「ピットの市民、ダウンタウンの労働者、アップタウンのトレーダー、使命を司る全ての者達よっ!」
広場に集う奴隷達。
取り囲むようにレイダー達が銃火器を手にして警備している。
そして見下ろす形の位置に1人の男がいた。
その男が朗々と語る。
よく通る声だ。
おそらく奴が奴隷王アッシャーなのだろう。
「今ここに新たなる黄金時代の幕開けを宣言しようっ! 生きる事すらままならないこの時代に我々は繁栄するのだっ!」
黒人。
黒人だ。
そこは別にいいんだけど問題は奴の纏っている防具だ。
左肩の部分が損傷し、その代わりにバラモンの顔の骨を取り付けているもののそれはパワーアーマーだった。
アッシャーはBOS?
もちろん別にパワーアーマーはかつての軍施設にはまだ眠ってるからBOSの専売特許の防具ではないけど……だけど、それを修復し、扱え
るように稼動させる技術を有しているのはBOSだけだろう。奴は何らかの形で関係があるのかもしれない。
BOSとね。
……。
……まあ、キャピタル・ウェイストランドにいるBOSはあくまで支部に過ぎないらしいけどさ。
本部は西海岸。
支部はいくつもあるらしいからアッシャーは別の地域のBOSメンバーなのかもしれない。
興味はある。
興味はあるけど、とりあえず話を聞くとしよう。
「連邦は我らの産業を、キャピタル・ウェイストランドは我らの平和を、そしてロットは我らの力を羨むっ!」
ロットって何だ?
だけど連邦とキャピタル・ウェイストランドという名前が出るところを見ると……ピットは2つの地名と隣接した地域なのだろう。
多分ね。
「私は君達を導いたが、世界の羨望を勝ち取ったのは君達の力に他ならない。彼らは羨むだろう。労働者が工場で作り出す武器やその武器
をピットの為に振るうレイダーの力を。そして何よりも自由への戦いに勝利した我らを羨むっ!」
奴隷王アッシャー。
まさか世紀末の覇王になろうってか?
ラオウの立場を所望?
じゃあ私は立場的に……可憐なリンがお好みですね。……お前はケンシロウだろ、という奴はころーすっ!
はぁ。メガトンに帰りたいなぁ。
「何故なら自由こそが全ての努力の向かうところだからだっ! 恐れからの自由、病からの自由、原子の炎に拘束される以前の様に暮らす為の
自由っ! そこでこの戦いを讃えるべく訪ねよう。忠実なる労働者達よ、自由の為に戦う覚悟はあるかっ!」
アッシャーについて分かった事がある。
演説好きって事だ。
延々と話し続けているけど、だけどそれほど意味があるわけではない。示威の意味合いはあるのかもしれないけどそれ以上ではない。
聞いてても楽しくはない。
少なくともスリードッグのラジオは聞いてて楽しい。
エンクレイブラジオもそれなりに好き。
だけどアッシャーの演説は退屈でさほどの意味がない。
早く終わらないかなぁ。
「アップタウンでの自由な暮らしを手にする為の戦いに命を懸ける者はいるかっ!」
「ここに1人いるわっ!」
「思い返せば私は……」
「聞いてアッシャー、試練に向かう覚悟のある彼女にチャンスをっ!」
「よかろう、ミディア。それが労働者の総意であるのであればこの者を戦士として認めようっ!」
「彼女よっ! 彼女が挑戦者よっ!」
「いいか。君には労働者の解放の為の夢だけではなく、我々がこの世の脅威から解放される為の夢も託されたのだっ!」
勝手に任命されてしまいました、ミディアにね。
奴隷王も承認しました。
……。
……気のせいかな?
この街で私の意志って反映された試しがない。そもそも意思を求められた事がない。流されるままだ。
もしかしてこれがこの街の流儀?
嫌だなぁ。
ミディアが私の耳元に口を寄せて囁く。
私を案じる言葉だ。
「いい? 無茶はしないで。あなたが死んだら元も子もないわ」
「……」
「どうしたの?」
「……いえ。言うだけ無駄だからいいです」
誰が勝手に挑戦者に仕立て上げたんだ、お前だろうが。
まったく。
「その手で私達を解放して」
「善処はするわ」
今のところ。
今のところ私は奴隷解放ルートだ。
今後?
さあね。
それはまだ分からない。判断する材料が少な過ぎるし提供すらされていない。しばらくは流されるままに付き合ってやるとしよう。
まずはアリーナを勝ち残る。
少なくとも純粋な戦いの場なわけだからインゴット集めよりは楽だろう。
さてさて。
当面の問題を片付けるとしよう。